インプラント手術は「骨にネジを埋め込む」と聞くと、不安や痛みを連想される方も多いのではないでしょうか。確かに局所麻酔だけで進めることが一般的ですが、「それでも怖い」「振動や音が苦手」という方に向けて、より安心して受けられる方法があります。
それが「静脈内鎮静法(IVS)」です。ウトウトとした状態で手術を受けられるため、不安や緊張が和らぐのが特徴です。
今回は、静脈内鎮静法の特徴やメリット、注意点について紹介します。
目次
■インプラント手術ってどれくらい痛いの?
インプラント治療では、まず歯ぐきを切開し、顎の骨に穴をあけてインプラント体を設置し、最後に切った部分を縫合します。
局所麻酔を使うため、痛みそのものはほぼ抑えられます。ただ、「ドリルの音」「振動」「決まった体勢を長時間維持すること」などが、不安や疲れの原因になることがあります。
特に治療時間が1時間以上かかるケースや、骨造成を伴う高度な手術では、これらの不快感や不安などが強くなる傾向があります。
■静脈内鎮静法とは?メリット・仕組み
静脈内鎮静法(Intravenous Sedation:IVS)は、腕などから点滴で鎮静薬を少しずつ注入し、「ぼんやりとリラックスした状態」で治療を受ける方法です。
全身麻酔と異なり、意識は残るため、医師の声かけに応じられることがほとんどです。薬剤としては、日本国内でも標準的な鎮静薬として位置づけられる「ミダゾラム」や「プロポフォール」が主に使用されています。
この方法の主なメリットとして、以下の3点が挙げられます。
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術中の不安が軽くなる
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治療の記憶がほとんど残らない(健忘効果)
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術中の血圧・心拍数の変動が小さく、生体へのストレスが抑えられる
施術中は血圧・酸素飽和度・心拍などをモニタリングし、万一の異常にも対応できるよう体制が整えられています。
■痛みと不安を軽減する効果が報告されています
静脈内鎮静法を併用したインプラント治療では、痛みや不安を軽減できるという報告が多数あります。
2007年の日本口腔インプラント学会誌のアンケート調査(55名対象)では、IVSを併用して手術を受けた約9割(90.9%)の患者さまが「手術中の記憶がほとんどなかった」と回答しました。
術中に不快感を訴えた方はごくわずかで、全体として「快適だった」「恐怖感が少なかった」と感じる方が多く、満足度は高い傾向が示されています。※1
また、2011年の研究では、インプラント手術時に静脈内鎮静を併用することで血圧や脈拍の変動が小さく、循環が安定しやすい傾向が報告されています。
これは、鎮静によって緊張や不安が和らぐことで、交感神経の過剰な働きが抑えられ、血圧が急上昇しにくくなるためと考えられます。
このように、静脈内鎮静法は「痛みを感じにくくする」だけでなく、精神的な負担を軽くし、体へのストレス反応を抑えることを目的とした方法です。
患者さまがリラックスして治療を受けられるよう、大学病院やインプラント専門施設でも広く導入が進められています。
※1:Usefulness of Intravenous Sedation during Oral
Implant Surgery: A Questionnaire Survey
※2:Intravenous sedation and hemodynamic
changes during dental implant surgery
■静脈内鎮静法が向いている方・注意が必要な方
静脈内鎮静法は、すべての方に適しているわけではありません。
安全に受けていただくためには、体調や体質に応じた慎重な判断が必要です。
特に、以下のような方にはメリットが大きいとされています。
◎静脈内鎮静法が向いている方
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歯科治療・インプラント手術に対して強い不安や恐怖心がある方
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嘔吐反射が強く、治療器具が触れるとつらく感じる方
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長時間の処置や骨造成を伴う複雑なインプラント手術を予定している方
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ドリル音や振動などに敏感で、緊張しやすい方
こうした方は、鎮静によってリラックスしやすくなり、術中のストレスが軽減される可能性があります。
◎注意が必要な方
一方で、以下のような持病や体質のある方は、静脈内鎮静法を慎重に検討する必要があります。
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心疾患・呼吸器疾患・肝臓や腎臓の病気など、全身的な疾患をお持ちの方
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重度の肥満や睡眠時無呼吸症候群があり、気道の管理に注意が必要な方
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妊娠中の方、または特定の薬剤にアレルギーがある方
いずれの場合も、事前の問診と医師の判断のもとで、実施の可否をしっかり確認することが大切です。
■インプラント手術当日の流れと注意点
静脈内鎮静法を併用する場合、通常の歯科治療とは異なる点がいくつかあります。
落ち着いて治療を受けていただくためにも、当日の流れや術後の注意点を事前に把握しておきましょう。
◎当日の主な流れ
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事前の体調チェック・問診(血圧・服薬歴・既往歴)
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点滴の準備とモニターの装着
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静脈内鎮静の開始と治療
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治療後は回復室などで休憩し、意識が回復してから帰宅
◎術後の注意点
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鎮静薬の影響が残っている可能性があるため、当日の運転は避けましょう。付き添いの方がいると安心です。
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麻酔が完全に切れるまで数時間かかることがあるため、当日は安静を心がけましょう。
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飲食の再開時期や鎮痛薬の使用については、医師の指示に従ってください。
■静脈内鎮静法で、リラックスしてインプラント治療を受けるために
インプラント手術は、「痛そう」「怖そう」と感じる方が多い治療のひとつです。
歯ぐきの切開や骨への処置をともなうため、不安や緊張を抱えるのは自然なことです。
そんなとき、静脈内鎮静法は心身の負担をやわらげ、できるだけリラックスした状態で治療を受けられる方法として多くの医療機関で導入されています。
「静脈内鎮静法が受けられるかどうか」「どんな方法が自分に合っているか」と気になる方は、まず歯科医師にご相談ください。